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100年後のアナタへ




今日は2010年の12月24日。アナタの時代は西暦何年ですか?
中央区明石町には素晴らしい、大正時代に建てられた、重厚で丸い柱が特徴的な明石小学校、明石幼稚園がありました。
その建物には84年という歳月が流れましたが、2010年にはとうとう建替えのために壊されてしまいました。

HPには校舎が校舎として活躍していた頃の写真を載せてあります。

思えば昨年の2009年にこのHPを立ち上げた時は、まだほとんどの人達が校舎の建替えを知りませんでした。こんなに素晴らしい校舎がひっそりと姿を消すと思うのはあんまりじゃないか!と思いました。少しでも多くの人達に素晴らしい建物であり、子供達がそこで学んでいることを知って欲しいと思いました。

…そして出来ることならば、その建物が出来る限り、長く残って欲しかった。

2010年に入ると序々にいろいろな人達が建物の建替えが知ることとなり、多くの専門家、多くの人達によって保存が唱えられました。縁もゆかりもない人達までが魅了する復興小学校の一つで建築の専門家からは「重要文化財相当」と最高の言葉を校舎に頂きました。
本当に多くの人達が残そうと言いました。しかし、それは結局叶わなかったのです。

最後は多くの人達から惜しまれました。校舎、園舎は幸せだったと思います。
校舎は今月、跡形もなく亡くなりました。
ありがとう 明石小学校舎そして幼稚園舎84年間本当にお疲れ様でした。

そして、できるならば、今このブログを読んでくださるアナタにもこの丸い柱の校舎を見せてあげたかったな…。

最後になりますがこちらのHP、ブログを運営するにあたりたくさんの方々にご協力を賜りましたことをここに厚くお礼申しあげます。本当にどうもありがとうございました。

maruihashira
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未来の舵は誰の手に

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上の2枚の写真はほぼ同じ場所から撮った。右の写真は別に「聖路加を臨む」というテーマで撮ったわけではない。
明石小学校舎、そして幼稚園舎はもはやパソコンの中で「範囲指定」→「BACKSPACE」と叩き、そして消されてしまった様だった。

未来という航路を誰に舵を握って欲しいか、誰に託してみたいか…最近私はよく考える様になってきました。


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「漂流教室」~壁一枚

すでに明石小学校は解体工事が日々行われている。

解体現場を目の当たりにした時、数年前のドラマ「漂流教室」を思い出してしまった。主人公が未来にタイムスリップするとほとんど廃墟と化した自分達の教室にたどり着く、人間達のわがまま、身勝手な行動はそのまま明るい将来を築くことなく、世界が廃墟となったドラマだった。どこまで走っても廃墟…。

解体現場で「漂流教室」を彷彿させる明石の校舎は、校舎の歴史と共に長年培った生徒達の笑い、汗、涙、喜び、悲しみ等、草木達と共に、何も解らない人たちの手によって淡々とそして無残にも壊されていくばかりだった。

先週、また現場を見に行った。そこには明石校舎はもうない、あるのは壁一枚とグラウンドをすべて埋め尽くす魂の抜け殻である粉々なコンクリート達の山々。
近隣のマンシヨンの住民が明石の解体の様子を一部始終見続けて、私に教えてくれた。「毎日すごかった。でもね、壊すのは容易じゃなかったみたい、頑丈な鉄筋がたくさん入っていて、ビクともしていなかったもの。解体が難航しているのを何度も目にしたわ。あれだったら万が一地震がきても大丈夫ってくらい。本当に頭きちゃうわよね、壊しちゃって。それに埃っぽくてかなわないわ。散水なんてチョロチョロしかやってないもの」
校舎は相当頑丈に造られていた。

そして、今はきっと壁一枚も残っていないかもしれない…。
こんな明石の校舎は見たくなかった。
歴史を語れる校舎は今はもうないんだ。

350年前からの記憶

郷土天文館「タイムドーム明石」で今「東京にあった外国人居留地~明石町遺跡の発掘調査より~」の特別展が催されている。

平成12年に5か月間かけて明石小学校のおとなり中央区立第二中学校の解体の際、遺跡調査を行っている。350年前からの記憶、そして土の中に長い間眠っていた数々の物が展示されていた。

第二中学校(竣工当時は京橋高等小学校)は、建つ前は明石小学校と同じく居留地だった。だから出土品は居留地時代のもの。さらに掘り進んでいくと江戸時代のもの等発掘されている。ひとつひとつの物達は当時ではてんで珍しくないのに100年以上の時を隔てて、お宝となって丁重がられ、掘り起こされた数々であった。

明石小学校も今回の遺跡調査が行われている。第二中と同じように居留地時代のものや江戸時代のものまで発掘されているに違いない。もしかして浅野内匠頭のものも出土しているのだろうか?


ところで、今回の展示物の中で居留地時代の「ア・ハーブルさんのゴミ穴からの出土品」は中央区民文化財に登録されている。つまりゴミ穴のゴミ(牛肉を食べた後の牛骨とか、ワインの空ビンとか←しつこいようですがただのゴミです。)は大切に後世にまで残され、その時代からたった50年しか違わずにして建てられた明石小学校の校舎はなくなってしまうのは、なんだか今でも違う様な気がした…。

ちなみに特別展は11/21まで。

綺麗なお弁当

昨日(9/22)、久しぶりに毎日新聞の夕刊に明石小学校の校舎のことが掲載されていた。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20100922dde018040040000c.html
(ネット上の記事なのでいつまでの掲載かは不明。)

こちらの記事といい、先日ネットの記事↓といい、時系列で綺麗なお弁当箱に入っているような記事だった。

9/8「読売新聞」の研究員の記事。
http://www.yomiuri.co.jp/column/kenkyu/20100908-OYT8T00390.htm?from=navlc

綺麗なお弁当箱、しかしフタを開けてみると、浅く掘った物が隙間なくうまく詰め込まれている。そのお弁当の中身一つ一つに箸を付ける、どれも均等な味付け、でも「う~ん、もっと掘り下げたものを食べたかったなぁ」と思うのは私だけではなかったはず。それと21年前の中身はさすがに賞味期限切れてるでしょ。


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